主任牧師: 堀部 里子 HORIBE Satoko

【略歴】沖縄県出身。2000年 麗澤大学外国語学部ドイツ語学科卒業。2007年 ウェスレアン・ホーリネス神学院卒業。2010年 牧師按手。2022年 コイノニア・クリスチャン・チャーチ就任。

ケズィック・コンベンション委員。北東京シティ・クリスマス委員。キングスガーデン埼玉 協力牧師、2022~2024年 第7回日本伝道会議 事務局 委員。

プロフィール

母親がクリスチャン。父親は未だクリスチャンではないが父方の親族には多くのクリスチャン・牧師がいる。
クリスチャンの経営する「ビュウラ学童クラブ」でイエス様を信じ、将来は神様のために働くと決心。中学校一年生の時にイザヤ43:4の聖書の言葉に出会い、洗礼を受ける。しかしその後は部活や受験、また教会内のいろいろな問題があり教会から一度離れる。高校三年時にドイツへ一年間の交換留学をした際、素晴らしいクリスチャンのホストファミリーとの出会いが与えられる。
帰国後は関東の大学で四年間寮生活をしながら青春を謳歌した。大学時代に通った教会がコイノニア・クリスチャン・チャーチである。また大学時代にドイツへ二度目の留学中に東欧諸国を旅行し、魅了される。大学卒業後は沖縄に帰り、三年間過ごす。沖縄第一聖潔教会に転入会し、OEF主催の新年聖会でⅠサムエル記3章の御言葉を聞き、献身へと導かれる。

2007年にウェスレアン・ホーリネス神学院卒業後、三郷ウェスレー・チャペルで伝道師、淀橋教会で副牧師として働き、2020年4月にコイノニア・クリスチャン・チャーチに就任。2022年1月に主任牧師就任。現在に至る。
がちまやー(食いしん坊)でにーぶやー(よく眠る)のうちなーんちゅ。北区が大好きです。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。

イザヤ43:4(新改訳聖書2017)

牧師: 堀部 舜 HORIBE Shun

【略歴】1986年生、埼玉県川口市出身。2005年 受洗。2010年 東京大学大学院 農学生命科学研究科 修士課程修了。2019年 ウェスレアン・ホーリネス神学院卒業。日本基督教団 渋谷教会 協力伝道師。2021年 コイノニア・クリスチャン・チャーチ着任。2022年 牧師按手。

2021年~北東京シティ・クリスマス委員。2021年~キングスガーデン埼玉(草加・川口)協力牧師、2022~2024年 第7回日本伝道会議 事務局 委員。2024年~関東聖化交友会(KJHA)評議員。

プロフィール

【キリスト教との出会い】 私は大学生になるまで、キリスト教に触れたことはなく、大学の先輩に誘われて初めて教会に行きました。外国の方との交流や、教会の温かい雰囲気が楽しく、クリスマスなどのイベントに何度か参加しました。大学1年の冬に時間ができて、通常の礼拝に初めて参加した時に、祈ることを勧められて、その週のある夜、初めて一人で主イエスの名前によって祈りました。その翌朝、夢で「恐れるな」という文字がはっきりと見えて、次の瞬間に目が覚めました。直感的に神様だと分かって、喜びに満ちたと同時に、頭では「神様っているのかな」と思って神様を求め始め、この時から毎週教会に通い、聖書を読み始めました。これが、私の信仰の始まりでした。

【聖書を理解し始めたきっかけ】 礼拝に出席し、聖書を読み始めると、わからないことだらけでした。礼拝で繰り返し言われる、「信仰」って何だろう、「罪」って何だろう」という基本的なことが分からず、「罪とは何か分かるように教えてください」と祈りました。新約聖書を読み進めるうちに、主イエスから立派な信仰だとほめられた2人の人が心に留まりました。百人隊長(マタイ8:5-13)と、カナン人の女(マタイ15:21-28)です。教会で教わった、聖書を読む方法(デボーション)に従って、彼らの記事を読みながら、二人の謙遜さに心を打たれました。二人が神には何でもできることを信じ、そうして下さる神の親切に信頼して、主イエスの言葉一つで病気を癒すことができると、主イエスの権威を信じ切った二人の神への信仰に心を打たれました。彼らの信仰を自分自身に照らしてみると、当時の私は神の力を信頼せず、むしろ「神には癒す力があるのか」と自分が神を評価するような態度を取っていたことに気付きました。それは、神を神として認めず、むしろ神の立場に自分を置き、あたかも自分が神であるかのような、自分中心の傲慢な自分に気付いて、愕然として悔い改めました。その時から、聖書が私の心に語りかけるように感じ、心に深く沁みるようになりました。

【洗礼の決心】 「心を尽くして神を愛し」、「隣人を自分のように愛そう」としても、そのような愛は自分の内にはなく、渇き切っていることを感じました。ありのままの私を受け入れ、愛して下さる主イエスの恵みに信頼し、生涯主イエスに頼って生きようと決心して、洗礼を受けました。(ヨハネ14:6、ヨハネ8:11)。

【実践的な聖書の学び】 私は、大学生になってから聖書に触れ、聖書を通して神様に出会って行った経験から、実践的な聖書の学びを大切にしています。「神を愛し、人を愛する」「キリストに似て、キリストに従う者となる」という聖書の原則が、日常生活の隅々にまで浸透して実践するときに、豊かな神の祝福を頂くことができると信じています。
 具体的には、(1)青年たちと、実践的な学びと交わりを大切にしています。また、(2)結婚カウンセリングを行っています。欧米のキリスト教会で聖書や心理学に基づいて、結婚に関する多くの蓄積があります。「問題があるから」カウンセリングを行うのではなく、「より良い夫婦関係を築きたい」カップルのために、キリスト教の伝統に基づく独自の結婚カウンセリングを行っています。
 聖書の教えが、人を喜びに満ちて生き生きとさせていくのを見るのが何よりも楽しく、そのためにお役に立てることが何よりも嬉しいです。

【関心分野】 日本人の心に届くメッセージとして、小説家・三浦綾子さんに興味を持っています。2024年に三浦綾子読書会の顧問である長谷川与志充先生と知り合い、三浦綾子読書会の牧師会に参加して学んでいます。
 また生き生きとした信仰生活を送るための原動力である「神のいのちにあずかる」ということについては、学問的には霊性思想という分野で扱われています。ルター/アウグスティヌス研究の大家であり、霊性思想史の研究者である金子晴勇先生の学びに出席するなど、霊性に関する学びと実践に取り組み、礼拝メッセージにもそのエッセンスを取り入れています。

【科学と信仰】 私は子どもの頃から科学が好きで、中学生の頃、ある日本人の科学者がノーベル賞を受賞し、科学者に憧れました。大学生の頃には「科学で証明できないこと以外は考えても意味がない」と思うようになりました。私は大学1年の終わりに信仰を持ちましたが、それから間もない大学2年の初夏に、その教授の講義を受ける機会に恵まれました。ところが、なんとその講義の中で、その教授がキリスト教を否定する発言をされて、非常に大きな衝撃を受けました。今思えば、その教授は科学者としての立場から、キリスト教の原理主義的な創造論の立場からの批判を退けようとされたのだと思います。しかしよく考えれば、科学者として、観測可能な「宇宙」の理論について自説を主張するのは当然のことなのですが、一方で、科学的方法では観測できない「神の存在」や「キリスト教」を否定することは、科学の役割を越えており、科学の方法では肯定も否定もできないはずです。「この宇宙がいつ頃誕生したか」については、その先生の科学的研究成果を学問的に尊重する必要がありますが、「神が存在するか」「キリスト教は信じうるか」については、科学の権威が及ばない、宗教や信仰の領域であるということを、私は後になって理解することができました。このような「科学と信仰」というテーマについて、何人かのお子さんたちや大人の方々とお話しをする機会があり、興味を持って頂き、この分野の理解の大切さに気付かされました。興味のある方には、そのようなお話しもできればと思います。

「自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」

マタイ16:24(主イエスの言葉)

「あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」

「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。」

マタイ22:37,39