当教会の成り立ち

当教会の歩みは、北区・豊島五丁目団地で始めた土曜学校から始まりました。1980年5月11日(日)に開所式を行ない、「コイノニア・キリスト教会」の名称で正式にスタートしました。

1987年10月に現在の地に移転し、1993年4月1日、(単立)コイノニア・クリスチャン・チャ-チと改称しました。この名称は、やがて教会や伝道所を開拓した際に、教団名として使用することを想定したものです。王子3丁目にある現在の会堂は、教会所在地を覚えて「王子福音キリスト教会」とも呼んでいます。

当教会のある北区王子と、周辺の堀船、豊島、神谷、東十条、足立区新田を含む地域は、住宅地であり、多くの人口を有します。当教会は、これらの地域への福音宣教の使命をもって活動しています。

教派・信仰告白について

コイノニア・クリスチャン・チャーチは、信仰告白としては、使徒信条を告白します。

教派としては、福音派(聖書信仰)に立ちます。聖書の基本的教えに立ち、幅広い福音的協力にあずかってきました。

福音派における具体的なかかわりとして、当教会は日本福音同盟(JEA)に加盟する加盟教会・会員です(1992年2月27日加盟承認)。

なお、当教会の礼拝では聖書は「新改訳2017」を使用しています。また讃美歌集としては、日本福音連盟新聖歌編集委員会の「新聖歌」を用いています。

4つの基本的立場

当教会の基本的な立場は、次の4つです。

  1. プロテスタント教会
  2. 聖書信仰に立つ福音派の教会
  3. 単立教会
  4. 自給教会

当教会は、①プロテスタントの信仰に立ちます。また、②聖書信仰に立つ福音派の教会との幅広い宣教協力に共に与かってきました。③単立教会であることが「孤立」になることなく、むしろ牧師の転任のない単立教会であるがゆえに、地域に深く根差し諸教会との継続した宣教協力の関係の中に歩み続けてきました。また、④特定の教団や外部団体からの経済的支援に依存しない自給教会として歩んできました。

以下に、これらの特質の具体的な表れとして、当教会の取り組みの一部を紹介します。

当教会の取り組み

◆地域における宣教協力

【北区諸教会との協力】 北区近隣の諸教会は、毎年合同で「北東京シティクリスマス」を開催してきました。当教会は、1990年の第1回から参加し、現在も実行委員会の一員として、継続して参加しています。北東京シティクリスマスの実行委員会には信徒委員も送り出し、教会を挙げて地域の諸教会との信頼関係を深めてきました。
(北東京シティクリスマス:https://kitatokyo-christmas.blogspot.com)

2021年の北東京シティクリスマスでは、当教会の牧師が司会を務めました。

【高齢者施設】 近隣地域の高齢者施設キングスガーデンで、礼拝奉仕と交わりを続けてまいりました。コロナ禍以前は、教会員による讃美奉仕を続けてきましたが、感染予防のために中止しています。現在は、牧師の毎月の礼拝メッセージを継続しています。
(草加キングスガーデン:https://www.sokakg.com
(川口キングスガーデン:https://kawaguchi-kg.com

2016年、草加キングスガーデンでの、当教会員による讃美奉仕の様子(コロナ禍前)

【地域社会とのつながり】 地域に根差した教会として、地域社会と共に歩んできました。町内会活動に参加してきました。2024年ファミリーコンサートは、王子3丁目町会会館にて開催させて頂きました。

2024年ファミリーコンサートの様子

◆福音派における宣教協力

【日本福音同盟(JEA)】 当教会は、日本の福音派諸教会の交流・協力機関である「日本福音同盟(JEA)」に加盟しています。福音派の諸教会との豊かな交わりを頂いています。
(日本福音同盟(JEA):https://jeanet.org

JEA加盟証

【日本伝道会議】 また、日本の福音派の宣教協力を目的とする「日本伝道会議」の働きに、牧師を送り出してきました。2023年の第7回日本伝道会議(岐阜)に、牧師夫妻が事務局で奉仕しました。
(第7回日本伝道会議:https://jcenet.org/jce7

その他の諸団体における牧師の働きは、「牧師紹介」のページに記載しています。

まとめ:福音宣教のために

このように、コイノニア・クリスチャン・チャーチは、地域に根差した伝道の働きから始まり、聖書信仰に立つ福音派の教会として、地域に根差し・教派を越えた幅広い宣教協力に力を注いできました。教団に属さない単立教会として、財政的に外部に依存しない自給教会をモットーとしつつ、諸教会との豊かな交わりと協力の中に歩んできました。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新約聖書・ヨハネの福音書3章16節)