マルコ2:23-3:6「安息日の主」

2024年5月26日(日)礼拝メッセージ

聖書 マルコ2:23-3:6
説教 「安息日の主」
メッセージ 堀部 舜 牧師

「人の子は、安息日にもまた主なのである

【今週の聖書箇所】

 23ある安息日に、イエスは麦畑の中をとおって行かれた。そのとき弟子たちが、歩きながら穂をつみはじめた。24すると、パリサイ人たちがイエスに言った、「いったい、彼らはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのですか」。25そこで彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが食物がなくて飢えたとき、ダビデが何をしたか、まだ読んだことがないのか。26すなわち、大祭司アビアタルの時、神の家にはいって、祭司たちのほか食べてはならぬ供えのパンを、自分も食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。27また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。28それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。
 3:1イエスがまた会堂にはいられると、そこに片手のなえた人がいた。2人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。3すると、イエスは片手のなえたその人に、「立って、中へ出てきなさい」と言い、4人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙っていた。5イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、その心のかたくななのを嘆いて、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そこで手を伸ばすと、その手は元どおりになった。6パリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちと、なんとかしてイエスを殺そうと相談しはじめた。

マルコ2:23-3:6

【安息日論争】 今日の聖書の箇所は、安息日に関する主イエスとパリサイ人たちの論争の場面です。安息日にまつわる論争は、4つの福音書に、それぞれ複数回登場します。[①] ▽安息日論争が一度や二度ではなく、ユダヤ教の中に置かれた教会にとって、安息日に関する主イエスのメッセージが重要であったことを意味していると思います。

今日の聖書箇所で、パリサイ人たちは、弟子たちが律法の規定に違反していると指摘します。これに対する主イエスの答えは、律法の条文の解釈にとどまりません。単に①「安息日をどのように過ごすべきか」という議論ではありません。また、②「パリサイ人的な文字通りの律法解釈を修正した」というだけの話でもありません。▼マルコ福音書の前後の文脈では、主イエスの行いと言葉を通して、主イエスがどのような権威を持っているか、何者であるかが示されています。▽今日の箇所の安息日論争でも、主イエスはどのような方であるかが示されます。

■【1.安息日の主】

安息日の規定は、モーセの十戒にあるように、非常に古くからある重要な戒めでした。▼安息日が制定された理由は、①天地創造を記念することと、②出エジプトの救いの御業を記念する、という2つの意味がありました。

  • 天地創造の記念

出エジプト20:11 主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。

  • 出エジプトの救いの記念

申命記5:15 あなたはかつてエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が強い手と、伸ばした腕とをもって、そこからあなたを導き出されたことを覚えなければならない。それゆえ、あなたの神、主は安息日を守ることを命じられるのである。

【安息日の伝統】

時代が下り、神殿が破壊され、ユダヤ人たちは異教の地にバラバラに強制移住させられたバビロン捕囚の時代には、ユダヤ民族のアイデンティティが危機に陥ります。その時、ユダヤ人のアイデンティティを保たせたのが、聖書の教えであり、律法に従う生き方(割礼・安息日遵守)でした。▼ユダヤ人であることによって迫害を受けた人々にとって、公に安息日を守ることは、ユダヤ人であることの重要なしるしでした。▽そして、外国人の支配下にあった彼らにとって、安息日は、①世界全体の創造者であり・混沌に秩序をもたらす神の力を覚える時でした。また、②先祖がエジプトでの奴隷生活から救い出されたように、今の奴隷生活からも救い出して下さるという、救いの希望を与えるのが安息日の礼拝でした。▽神が命じられた安息日を守ることをによって、自分たちが神の特別な民であること、その契約と約束の希望の中にいること確認しました。

神の特別な「選びの民」であるということは、本来は、世界の残りの国々に祝福をもたらす通路となる、証しの使命がありました。しかし、やがてその選民意識は、神を知らない外国人を見下す特権意識に変質していきました。[②]

【パリサイ人の訴え】

主イエスの時代のパリサイ人は、律法を守らないことが神の裁きをもたらすと考えました。▼現代のイスラエルでも、安息日には自動車に乗ってはいけないのですが、安息日の規定を破って走っている車に石を投げるユダヤ人がいるそうです。▽同じように、主イエスの時代のパリサイ人も、主イエスと弟子たちの行動をチェックしていました。

23 ある安息日に、イエスは麦畑の中をとおって行かれた。そのとき弟子たちが、歩きながら穂をつみはじめた。24すると、パリサイ人たちがイエスに言った、「いったい、彼らはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのですか」。

旧約聖書の教えでは、他人の畑の麦を、自分が食べる分を手で取ることは、問題はありませんでした。しかし、安息日には麦の収獲をしてはいけないという規定があります。▽弟子たちが、空腹をしのぐために、少量を取って食べたところ、パリサイ人が細分化した厳密な安息日の規定に違反していると咎められました。

【主イエスの答え】

主イエスは旧約聖書を引用して答えます。

25そこで彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが食物がなくて飢えたとき、ダビデが何をしたか、まだ読んだことがないのか。 2:26すなわち、大祭司アビアタルの時、神の家にはいって、祭司たちのほか食べてはならぬ供えのパンを、自分も食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。

ダビデが食べたパンは、安息日ごとに主の前に備えられる捧げ物のパンでした[③]。▽あまり目立たない聖書の記事のように思いますが、ユダヤ教のラビたちから注目された記事であったようです。そして、少し後の時代のラビは、この記事を安息日の出来事と推測しました。(ですので、主イエスがこの箇所を引用したことは、それほど突飛な発想ではありませんでした。)

主イエスがこの箇所を引用したのは、「ダビデと供の者たち」と「主イエスと弟子たち」が対応関係にあるからです。(主イエスは、「供の者たち」「一緒にいた人たち」に繰り返し言及しています。) ▽主イエスは「ダビデ王がしたのだから、私が同じようにしても問題はない」「聖書はダビデを咎めていないから、わたしも咎められることはない」と主張しています。

【ダビデと主イエス】

ここで、主イエスはダビデ王とご自分を並べています。周知のとおり、ダビデ王は、救い主キリストのモデルとして、誰もが認める人物でした。その偉大な王に、主イエスはご自分の行動を重ね合わせました。▼ダビデはこの記事の時点で、すでに預言者サムエルから油を注がれ、神の目からはすでに次の王として立てられていました。しかし、政治的にはまだ即位しておらず、サウル王から逃れて、人々の支持を集めて時を待っていた時期でした。 ▽同じように、当時の主イエスも、すでに公生涯を始めており、洗礼によって神からの任職を受けていました。しかし、人々からはまだ認められておらず、王としての正式な即位を待っていました。 ▼主イエスは、ご自分の行動を即位前のダビデ王の姿と重ね合わせることで、ご自分こそ、ダビデの子孫として来るべき真の王・キリストであることを暗示しておられます。[④]

【安息日の目的】

27節の主イエスの教えは、ユダヤのラビの教えと一致します。

27 …「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。

神様は、私たちが安息を得るために、安息日を与えられました。①エジプトでの休みのない奴隷生活から解放するため、またその解放の喜びを記憶するために、安息日を与えられました。また、②創造の秩序と働きの実りを喜び楽しむために、安息日を与えられました。▼しかし、その規則がむしろ人間を束縛するようになっていました。

さらに、主イエスは28節で重要な言葉を続けます。

28 それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。

「人の子」とは主イエスがご自分を指して使う言葉です。主イエスは、自分をダビデ王と並べただけでなく、安息日に対してもご自分の権威を主張されました。

先ほど述べたように、安息日は①創造の記念、また②出エジプトの救いの記念として、創造者・救済者である神ご自身が定めたものです。ですから、主イエスがご自分を「安息日の主」とすることは、安息日を定めた神の立場にご自分を置くことです。▽この箇所で、主イエスはご自分が何者であるか、どのような権威を持っているかを、示しておられます。

【適用:礼拝】

「安息日」は、神の御業を覚え、神を礼拝する時です。「礼拝」では、神に向かい、神にお会いします。▼主イエスの時代のパリサイ人たちは、聖書を研究し、礼拝のための規則を整備しました。しかし、目の前に主ご自身がおられるのに、そのことが分かりませんでした。規則や形式に心を奪われて、神ご自身が見えなくなっていました。

私たちの礼拝は、どうでしょうか? 聖書を学び、様々な準備をし、礼拝の形も整えることは、大切で必要なことです。しかし、本質的なことは、私たちが礼拝の中で臨在の主にお会いすることです。私たちは、聖霊の臨在を信じ・認め・自覚して、心から礼拝を捧げているでしょうか。形だけの無気力な儀式になってはなりません。

【例話:生き生きとした礼拝】

韓国のオンヌリ教会の創立者のハ・ヨンジョ先生は、「使徒の働き」をモデルとして、ご自分の教会を形成しました。その青写真を述べた本の中で、伝統的な礼拝形式に慣れていたハ先生が、イギリス留学中に生き生きとした礼拝を経験した時の衝撃を述べています。

オックスフォードのある教会では、多くの人が礼拝中に自由に立ち上がって、手を挙げて目をつぶって讃美しており、天国に来ているように感じだったといいます。▼ハ先生が特に霊感を受けたある教会では、礼拝堂に立つ場所がないほど人々が集まって、手を挙げて讃美し、最前列の人たちが立ってタンバリンを打ちながら顔を真っ赤にして天井が抜けるほど大きな声で讃美していました。それは白髪のおばあさんたちで、教会全体に喜びがあふれていました。彼らは礼拝時間を制限せず、牧師は30分以上、時には1時間メッセージをしましたが、非常に恵まれるので、人々は息を殺して説教に吸い込まれました。説教が終わると、人々は踊り、非常に楽しく手を叩いて踊って…礼拝の中で悪霊が出て行ったと言います。聖霊が臨在する自由な礼拝の感激と聖さの経験から、後の「敬拝と讃美」という現代ワーシップのミニストリーにつながる教会の夢が生まれました。▼英国国教会の聖餐式では、5-6人の牧師と長老がまず聖餐を受けるのですが、彼らは互いに抱き合い、祝福し、パンを裂き、杯を分かち合いました。彼らがパンを会衆席に持っていく間、讃美を聞いているときに、聖霊がハ先生に強く臨み、心に霊の感動が押し寄せて、涙がとめどもなく流れました。悲しくて泣くのではなく、なんとも表現しがたい経験で、魂がむせび泣いたと言います。神様の栄光の臨在があり、涙が出たと言います。

ハ先生は述べます。「まことの礼拝がささげられれば、教会は雨に打たれた葉っぱのように青々と生気が生まれる。たましいが生き返ること、それが礼拝である。教会がしなければならないことの中で重要なことの一つは、生きておられる神様に礼拝をささげることである。礼拝とは神様の臨在を経験することであり、いと高き神様に自分のすべてをささげ、その力を敬拝し、讃美することである。」

「教会のリバイバルの道は礼拝にある。聖徒たちが一週間、各自の場で生活し、日曜日に教会堂に入る時から、涙を流し、教会へ走って来ながら讃美をしなければならない。このように集まった聖徒が手を挙げ、讃美をすると、説教を聞く前にすでに神様に出会っているのである。これが教会であり、これが礼拝である。この世で自分が神様の御心のままに生きるために血まみれになるほど苦しみ、教会に着いた時に神様に出会う経験、こういうものが主日礼拝を作り上げていくのである。」[⑤]

私は、特定の礼拝の形式を推奨したり批判したりしているのではありません。それこそまさに外側の形式のことです。特定の礼拝の形式にこだわることは、そこで働いている聖霊の自由を妨げることがあります。目に見える形式ではなく、そこに共におられる神ご自身に注目したいのです。その聖臨在を喜び・楽しみ・心からの献身をもって礼拝したいのです。

28 それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。

主イエスは、まことの神として、主として、私たちと共におられます。礼拝の形式を越えて、そのただ中におられる主ご自身に目を向けて、主に礼拝を捧げてまいりましょう。

■【2.安息日の恵み】

今日の聖書箇所の後半のマルコ3:1以下の奇跡も、同様に単なる癒しではなく、主イエスが何者であるかを示すしるしです。

3:1 イエスがまた会堂にはいられると、そこに片手のなえた人がいた。2人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。

当時のラビの教えでは、「命の危険のない病気を癒すことは、安息日にはしてはいけない」とされていました。片手が不自由であることは、大きな障害ですが、生命にかかわることではないので、安息日にその治療行為をしてはならないというのが、当時のラビたちの教えでした。

人々は、主イエスの行動に注目します。▽奇妙なことは、主イエスによる癒しを予想していたにも関わらず、その奇跡によって神をほめたたえるのではなく、逆に主イエスを訴えようとしていたことです。安息日に癒してはいけないという自分たちの規則のために、癒しの奇跡という大きなしるしさえ、罪の証拠に数えられてしまいます。目の前に、「安息日の主」がおられるのに、その主を礼拝するのではなく、逆に訴えようとしている。ここに全く倒錯した人々の姿があります。

主は、人々の計略のただ中で、隠れることなく、良い行いを人々の面前で行い、真理を行うご自分の立場を明らかにされます。

3すると、イエスは片手のなえたその人に、「立って、中へ出てきなさい」と言い、 4人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙っていた。

手の萎えた人を癒すことは良いことであり、放置するのは悪です。安息日に命を救うことはパリサイ人も認めていましたが、結局彼らが選択したのは、逆に主イエスを殺す計画でした。 ▽人々は主イエスの誤りを訴えようとしながら、結局は善を行った主イエスを断罪し、無実の主イエスの殺害計画を立てて、自分たちが律法に反することになりました。▼パリサイ人たちにとって、もはや何が真理であり、律法の本来の目的であるかは問題ではありませんでした。自分たちの理解と規定があり、自分たちの伝統と信仰があり、プライドがあり、それを脅かす主イエスの存在を何としても排除しなければならないと考えました。それが、神から離れて自分のプライドと立場を求める「頑なさ」でした。

5 イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、その心のかたくななのを嘆いて、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そこで手を伸ばすと、その手は元どおりになった。6パリサイ人たちは出て行って、すぐにヘロデ党の者たちと、なんとかしてイエスを殺そうと相談しはじめた。

彼らは、萎えた手がたちまち癒されるという大きな奇跡を見ましたが、かえって頑なになって、主イエスを殺す計画を立て始めました。

【ヘロデ党とパリサイ派】

ヘロデ党とは、異邦人であるヘロデ王家を支持した人々です。彼らはヘロデ王家の後ろ盾であったローマ帝国に近く、洗礼者ヨハネがヘロデ王を批判したことから、彼に続いて登場した主イエスを警戒していたと考えられます。▽これに対してパリサイ派は、ユダヤ人本来のダビデ王家を支持し、愛国心からローマ帝国には反対の立場を取ることが多かったグループです。▽このようにヘロデ党とパリサイ派は、本来は対立する立場です。しかし、主イエスを共通の敵として、「敵の敵は味方」として手を結びました。ここに、主イエスに対する敵意の深さが表れていると思います。

彼らの頑なな心は、主によるしるしの奇跡に目を向けることなく、主イエスが行った神のわざも認めようとしませんでした。律法に外形的に従おうとしながら、律法を与えた主ご自身を拒むことになり、律法に反して主イエスを殺す計画を立て始めました。

しかし、癒しの奇跡をもって証しされた主イエスこそ、真の救い主・癒し主・束縛からの解放者です。▼単なる奇跡を行う預言者ではなく、「安息日の主」として、まことの安息をもたらす者として、そこにおられます。

【礼拝における希望】

安息日の礼拝は、ユダヤ人たちにとって、厳しい逆境の中でも、①天地万物を創造した神の偉大な御業を思いおこし、②神がかつて先祖になされた偉大な救いの御業を思い起こして、③自分たちが神と契約で結ばれた特別な神の民であることを確かめ、④やがて神が下さる究極的な安息の希望を覚えて、今の世界を忠実に生きる力を頂く場でした。

私たちクリスチャンにとって、それは主イエスの十字架と復活で勝ち取られ・確保された勝利の安息です。礼拝の中で、私たちは天におられる主イエスとの交わりの内に歩み、やがて主の再臨の時に私たちにもたらされる真の平安の希望の内に待ち望みます。

【天国の希望】 ある牧師が紹介した、友人のお証しです。▼その方は、ある時、お子さんを亡くして深い悲しみの中にありました。日曜日の朝になり、夫妻は寂しく家に座っているのをやめて、深い悲しみを隠して教会へ行きました。礼拝のプログラムは進み、最後の頌栄の時になりました。何百回も歌ってきた、何の変哲もない普段通りの頌栄です。「あめつちこぞりて かしこみたたえよ みめぐみあふるる…」

この時、突然新しい幻が神から与えられました。召された子どもが天の軍勢と一緒に、天で主を讃美している光景でした。彼は言いました。「そのとき、わたしは喜び踊りました。子どもが天において、地上のわたしたちと共に、声を合わせて讃美している姿を見たのです。それによって遠くへ行ってしまったと思っていた子どもが、身近にいることを強く感じました。」これが、悲しんでいた夫妻の魂に、礼拝を通して与えられた、輝かしい希望に満ちた報いでした。[⑥]

再臨が与える希望について、ユージン・ピーターソン牧師は、次のように述べています。

「再臨」という未来についての信仰は、現在の一瞬一瞬を希望で満たす、現実的な効果がある。もし未来が主イエスの再臨によって確約されているなら、私たちは自分たちの不安や空想を掻き立てる余地など、どこにもないからだ。わたしたちの人生から、雑然としたものが取り除かれる。そして、私たちは神の自由に、どこまでも自由に、自発的に、応答することができる。[⑦]

■【まとめ】

27 …「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。28それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。

主イエスは、安息日を定めた神ご自身に等しい権威にご自分を置いて、「安息日の主」であると宣言されました。

安息日が示す①「創造の御業」を刷新される方、②「偉大な救いの御業」を成し遂げられた方は、主イエスご自身です。

礼拝の形式ではなく・規則ではなく、私たちの礼拝のただ中におられる主ご自身に心を向け・全身全霊を向けて、主を喜び・主を味わいましょう。

やがて来る「主の再臨」の約束は、今を生きる私たちの人生に、目的を与え・勇気と希望を与え・目標と励ましを与えます。礼拝を通して、やがて来られる主への愛と希望の内に、新しい一週間も、御業に励んでまいりましょう。

【参考文献】

N. T. Wright, “Mark for everyone.”, NT for everyone

Strauss, L. Mark, Mark,  Zondervan Exegetical Commentary            on the New Testament

William L. Lane, The Gospel according to Mark, The New International Commentary on the New Testament.

James R. Edwards, The Gospel according to Mark, The Pillar New Testament commentary.

James A. Brooks, Mark, The New American commentary.


[①] マタイ12:1-、マルコ2:23-、ルカ6:1-、13:10-、14:1-、ヨハネ5:1-、9:1-

[②] N. T. Wright, “Mark for everyone.”, NT for everyone, マルコ3:1–6

[③] レビ24:1-9

[④] N. T. Wright, “Mark for everyone.”, NT for everyone, マルコ2:23-28。その他、参考文献より、NICNT, PNTCなど参照。

[⑤] ハ・ヨンジョ「使徒の働きの教会をめざして」p88-91、p168-169

[⑥] ポーロ・S・リース「神にゆだねよ」p123-124

[⑦] ユージン・ピーターソン「聖書に生きる366日 一日一章」5月23日