箴言3:1-8「心を尽くして主に拠り頼め」

2024年1月1日(月)元旦礼拝メッセージ

聖書 箴言3章1-8節
説教 「心を尽くして主に拠り頼め」
メッセージ 堀部 舜 牧師

【今週の聖書箇所】

5 心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。
6 すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

箴言3章5-6節
すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。新編3:6

明けまして、おめでとうございます。新年もよろしくお願いします。

2023年 教会年間聖句】

教会も年間聖句に導かれて歩んできたと私は感じます。「川のかたわら、その岸のこなたかなたに、食物となる各種の木が育つ。その葉は枯れず、その実は絶えず、月ごとに新しい実がなる。これはその水が聖所から流れ出るからである。その実は食用に供せられ、その葉は薬となる」。

4月には何組もの方々が来会され、その中の何人かは、その後も続けて来られました。5月に教会学校が再開し、毎週礼拝を持ってきました。3組のカップルが結婚されました。日本伝道会議JCE7で生まれた諸教会との交わりは、今後の教会の働きの中で、貴重な財産になると思います。教会実務も整理されてきました。S姉の転入会が決まったことも、感謝なことでした。▽今挙げたのは、具体的に分かりやすい祝福の一部です。私は、教会のお一人お一人と関わる中で、確かに昨年の年間聖句のように、聖霊の命の流れの中で、それぞれの場所で実が結ばれてきたと感じます。

【導入】 2024年の年間聖句は、7日の新年礼拝で里子牧師がお話しします。今日は、それともつながりもありますが、1年の最初に当たって、箴言3章の御言葉、特に5-6節を心に留めたいと思います。

■【1.知恵の勧め】

1  わが子よ、わたしの教を忘れず、わたしの戒めを心にとめよ。

 箴言を書いたソロモンは1節で、この教えを熱心に勧めます。「わたしの戒めを心にとめよ」とあるように、主を信頼し・愛し・従うことが、「頭の理解」で終わらず、形式的に行うだけでなく、心から納得して従い、一番重要なこととして心の中心に据えるように教えています。

2  そうすれば、これはあなたの日を長くし、命の年を延べ、あなたに平安を増し加える。

 あなたの日を長くし、命の年を延べ」とあるように、知恵は実際的な祝福をもたらします。▽例外はあります。長寿は絶対的な約束ではありません。しかし、知恵深い生き方が祝福をもたらすことは、常識にも一致する基本的な原則です。

3 いつくしみと、まこととを捨ててはならない、それをあなたの首に結び、心の碑にしるせ。

 神様の「いつくしみとまこと」は、私たちの人生の首飾り/勲章のメダルのように、私たちに栄誉を与え・私たちの人生を美しく飾ってくれます。▽大切な約束をノートに書きつけて忘れないように・重要な契約書は記録に残してしばしば振り返るように・人生の大切な転機のことを心に刻んで繰り返し思い出すように、私たちは神様の「いつくしみとまこと」を「心の碑」に刻み込み、繰り返し思い出し、そこに立ち返り、それを基準に歩みます。

4  そうすれば、あなたは神と人との前に、恵みと、誉とを得る。

 神に従う祝福された生活は、神の好意を受け、人々を惹きつける魅力を持ちます。神の人ヨセフやモーセやダビデや主イエスには、人々を惹きつける魅力がありました。▼「神と人との前に」――そのどちらも捨てないことに知恵があります。それは、全き献身と自己犠牲――十字架の愛の上に成り立つものです。

■【2.心を尽くして主により頼め】

5  心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。

 「神の摂理による守り」に心に留めたいと思います。神様の具体的な力を示す、2つの力強い証しをご紹介します。

【神の摂理:ジョージ・ワシントン】 アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは大変信仰のあつい人だったそうです。彼には、いつも不思議な神の守りがあったそうです。先住民との戦いのあった時代で、彼の命を狙い続けたある先住民が言いました。「どうもあのワシントンばかりは弾丸で死なない人のようだ。私は充分狙いを定めてライフル銃で17回までも撃ったけれども、ついに彼を倒すことができなかった」と。 ▼その時期に、ワシントンが兄弟に送った手紙には、こう記されていました。「私は不思議な神の摂理の中に今日まで保たれています。私の上衣には4個の弾丸がとまっており、私の乗っていた馬は2頭まで撃ち倒され、周囲に多くの死傷者がある中、私はわずかな傷さえ負わずに無事に働いています」と。[①]

「心をつくして主に信頼」する人を守り抜く、神の守りを証しする逸話です。

【神の摂理:アドニラム・ジャドソン】 「神の摂理による守り」に関するもう一つの逸話は、ミャンマー語の聖書を翻訳したアメリカ人宣教師アドニラム・ジャドソンのものです。

 彼が苦労してミャンマー語の聖書を翻訳し終えた頃、1824年にミャンマーと英国の間で戦争が起こりました。彼は英国人と間違えられて投獄されます。捕らえられなかったので、アドニラムが長年かけて翻訳した聖書の原稿を奪われないように、妻は家の床下に穴を掘って隠しました。しかし、まもなく雨季になって、腐ってしまうため、土の中に隠しておけなくなりました。そこで夫人は、聖書の原稿を掘り出して、固く巻いて、綿で包み、布で覆い、枕として牢獄にいる夫に差し入れました。周囲の人々は誰も気づかず、アドニラムも非常に喜んで安心したそうです。

 しかし9か月後、彼はさらに厳重な牢屋に移され、翌朝他の100人の人々と共に殺されることになりました。足かせを掛けられ、大切な枕を持って行くことも許されませんでした。アドニラムは、自分の命よりも枕のほうが大切だと思い、原稿が失くならないように熱心に祈って一夜を明かしました。▽翌朝、彼の死刑の間際になって、なぜか彼の死刑は中止され、別の牢屋に入れられました。さらに不思議なことに、あの枕が再び彼の所に入れられたそうです。▼しかし、まもなくその枕は看守に取り上げられてしまいます。看守は、巻いてあった綿をはぎ取り、芯になっていた聖書の原稿をゴミ溜めに捨ててしまいました。ところが、ミャンマー人のあるクリスチャンがこれを拾います。貴重なものだとは知らなかったけれども、尊敬するジャドソン博士の持ち物だと分かったので、これをしまっておきました。やがて戦争が終わった時、この原稿は再びジャドソンの元に戻りました。1834年、最初のミャンマー語聖書が発行されます。[②]

 私の友人のミャンマー人の方との話では、このアドニラム・ジャドソンが翻訳した聖書は、今でも使われているようです。

5  心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。

 この箇所の「主」という言葉は、神がモーセにご自分を表された時の名前です。神を呼ぶ様々な呼称がある中で、人々にご自分を表し、個人的な交わりを持たれたという背景を持つお名前です。▽神はワシントンやジャドソンに働かれたように、私たちの生活の中でも働いて下さいます。▼私たちの理解や計画をはるかに越えて働かれる、主の力・知恵・ご愛に、信頼しましょう。

【独りよがりの危険】 「自分の知識にたよってはならない」とあります。これは「知恵や理性に頼らない」とか「熱心に勉強する必要がない」という意味では決してありません。▽むしろ、知恵を探り求めず、先達の知恵に学ばず、人々の教えに耳を傾けないのは、「自分の知識にたよってはならない」ことです。他人や歴史から学ばないならば、狭い「自己満足」と「独りよがり」におちいります。▽箴言自体が言っているように、「指導者がなければ民は倒れ、助言者が多ければ安全である」(11:14)のです。人々の助言や知恵を通して、神が導きを与えて下さることを心に留めたいと思います。▼知恵を尽くして互いに学ぶことは、独りよがりに陥らないために、必要なプロセスです。[③]

【あらゆることで主により頼む】 「心をつくして主に信頼せよ」――それは信仰の原理によって歩むことです。健全な常識によって生きるだけでなく、「神がなして下さる」ことに期待します。神が必要な人に出会わせてくださることを期待し、経済的・物質的な必要を満たして下さることを信頼します。

■【3.行く道すべてで、主を知れ】

6  すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

 神様は、私たちの生活のすべての事柄に関心を持ち、配慮をしてくださいます。どんなことでも神に祈り、神に相談しましょう。

あらゆることを神に相談し、神に祈り求めましょう。▼毎日聖書を開いて祈る時、神が私たちそれぞれに伝えたい固有のメッセージを受け取ることができるように、祈りましょう。▽そして、一日の具体的な課題や計画の上に、神様の導きと助けを求めましょう。

【主を知る】 「主を知れ」という言葉は、古い新改訳では「主を認めよ」とあります。しかし、この言葉は「認める」というよりももっと深い「人格的に知る」ことや「親密な経験」を表しています。▼私たちは、あらゆる人生の岐路で、神の働きを見ることができ・神が共におられることを知ります。個人的に・人格的に、神を知るのです。

ここに、重要なポイントがあります。「主のためにどれだけ多く働いたか」が大事なのではありません。「神様のことを何人の人に伝えたか」という成果が求められているのではありません。▽「主を知れ」とは、神様との人格的な関係性を示しています。私たちが求めるのは、神様との愛の関係です。どんな働きをするか、何を成し遂げたかによって測られるものではありません。この「関係性」の中で、主が私たちの道を真直ぐにされます。

■【まとめ】

5  心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。
6  すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

 主は、私たちの日常生活の中に具体的に働き、導いて下さいます。主に自らを捧げ、主だけにより頼み、祝福を豊かに頂く2024年になりますように。


[①] 高野勝夫編著「キリスト教逸話例話集」p.300

[②] 高野勝夫編著「キリスト教逸話例話集」p.302-303

[③] 「この世の知恵」や「誤った理性」を批判しても、「知恵・知識・理性」そのものを批判するべきではない。(ジョン・ウェスレー「キリスト者の完全」藤本満訳 p.222)「独りよがり」の危険について、参照:岡村民子「正典としての聖書」p.19-30。