2歴代5-6章「祈りを聞いてください」

1こうしてソロモンは主の宮のためにしたすべての工事を終った。そしてソロモンは父ダビデがささげた物、すなわち金銀およびもろもろの器物を携えて行って神の宮の宝蔵に納めた。2ソロモンは主の契約の箱をダビデの町シオンからかつぎ上ろうとして、イスラエルの長老たちと、すべての部族のかしらたちと、イスラエルの人々の氏族の長たちをエルサレムに召し集めた。
2歴代誌5:1–2
12ソロモンはイスラエルの全会衆の前、主の祭壇の前に立って、手を伸べた。13ソロモンはさきに長さ五キュビト、幅五キュビト、高さ三キュビトの青銅の台を造って、庭のまん中にすえて置いたので、彼はその上に立ち、イスラエルの全会衆の前でひざをかがめ、その手を天に伸べて、14言った、「イスラエルの神、主よ、天にも地にも、あなたのような神はありません。あなたは契約を守られ、心をつくしてあなたの前に歩むあなたのしもべらに、いつくしみを施し、15あなたのしもべ、わたしの父ダビデに約束されたことを守られました。あなたが口をもって約束されたことを、手をもってなし遂げられたことは、今日見るとおりであります。16それゆえ、イスラエルの神、主よ、あなたのしもべ、わたしの父ダビデに、あなたが約束して、『おまえがわたしの前に歩んだように、おまえの子孫がその道を慎んで、わたしのおきてに歩むならば、おまえにはイスラエルの位に座する人がわたしの前に欠けることはない』と言われたことを、ダビデのためにお守りください。17それゆえ、イスラエルの神、主よ、どうぞ、あなたのしもべダビデに言われた言葉を確認してください。
18しかし神は、はたして人と共に地上に住まわれるでしょうか。見よ、天も、いと高き天もあなたをいれることはできません。わたしの建てたこの家などなおさらです。19しかしわが神、主よ、しもべの祈と願いを顧みて、しもべがあなたの前にささげる叫びと祈をお聞きください。20どうぞ、あなたの目を昼も夜もこの家に、すなわち、あなたの名をそこに置くと言われた所に向かってお開きください。どうぞ、しもべがこの所に向かってささげる祈をお聞きください。21どうぞ、しもべと、あなたの民イスラエルがこの所に向かって祈る時に、その願いをお聞きください。あなたのすみかである天から聞き、聞いておゆるしください。
2歴代誌6:12–21
委員会の祈祷会
先週の北東京シティクリスマスの委員会でのことです。私も貢献をしたいと思って、今年はオンライン献金に取り組んでいます。この日も委員会の前に完成させて行こうと思ったら、思いのほか手こずり、結局委員会には間に合いませんでした。パソコン仕事をされる方は分かると思いますが、一つがうまくいかないと全体がうまくいきません。初めてする仕事は何が間違っているかが分からず、心がすり減ってきました。「何でできないんだろう」と、頭が仕事のことでいっぱいになった状態で委員会に参加しました。
委員会では、打ち合わせの後、いつも祈祷会が持たれています。ベテランの牧師や奉仕者が集い、全員が声を出して一斉に祈り、代表者も祈るのですが、その祈りの力強さに、心を打たれました。日常の祈りのひと時なのですが、そこに、日頃の祈りの姿が表れると思います。皆さん忙しい毎日を過ごしておられる牧師・信徒たちですが、日頃の祈りの生活があって、それぞれの教会の働きをしておられるのを感じました。
私たちも、祈らないわけではありません。毎日祈りの時間を持ちます。しかし、日々のなすべき事柄の中で、目の前の仕事や思い煩いで頭がいっぱいになることがあります。
今日の聖書箇所のソロモン王の祈りを読む時、私がシティクリスマスの委員会で牧師たちの祈りを聞いて「祈ろう」という気持ちが湧いてきたように、「そうだ、神様に祈らないと」「神様はきてくださるんだ」という思いが起こると思います。
ソロモンの祈りは、ソロモンが単に自分のためだけに祈った祈りではありません。全ての時代の神の民のための祈りでした。後の時代にこの祈りを読む人は、歴代誌が書かれた捕囚の時代の人々も、現代の私たちも、自分たちのためにも祈りとして聞きます。▽私たちも今日、それぞれの状況の中で、神様に信頼して神様に祈り求めるようにとの招きに耳を傾けたいと思います。

1.暗闇の中に住まわれる神
2歴代誌5-7章は、ソロモン王の時代に神殿が完成して、その奉献式の場面です。
2歴代6: 1そこでソロモンは言った、「主はみずから濃き雲の中に住まおうと言われた。2しかしわたしはあなたのために高き家、とこしえのみすまいを建てた」。
【神の謙遜】
「濃き雲の中に住む」とは、モーセの時代の出エジプトの時に、神様がシナイ山で濃い雲の内にご自分を表された出来事を思い起こさせます。天も地も、主をお入れすることはできません(6:18)。人間が見ることができず、近づくこともできない神様の聖さを表すのが「濃き雲の中に住む」という言葉です。
しかし、そのような天も地もはるかに越えた神ご自身が、そこに住まいを置かれると約束されたのが、神殿です。神殿は、人間の目にはどんなに立派でも、神様を収める場所にはなりません。しかし、そこに神様が臨在を表し、王座を置かれることに、ご自身を小さくされて、人の目線に合わせておられる神様のへりくだりがあります。
【神と人が出会う場所】
神殿は、天と地が出会う場所であり、神が人と出会われる場所です。[①] 出エジプトの時のモーセの幕屋で、主は民の間に住まわれました[②]。それは移動式のものでしたが、ソロモンの時代に、安住される場所として神殿を置かれました。神殿は後に破壊されますが、後にまことの神殿として来られたのが、イエス・キリストでした。イエス・キリストの肉体という幕屋のうちに、「(神の)言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った」(「私たちの間に住まわれた」)。イエス・キリストを通して私たちは神と出会います。
【黒雲の中に住む】
私たちは、どのようにして神様に近づき、出会うことができるでしょうか?「濃き雲の中に住む」というシナイ山のイメージが、伝統的に用いられてきました。神様に近づこうとする者を寄せ付けず、神様を見ようとしても見ることができないのが黒雲・暗闇です。そのように、人間の肉体の感覚や、信仰抜きの理性によって神様に近づこうとして神様の神秘に「なぜ」という疑問を向けても、暗闇の中に迷い込むだけです。私たちは、このような人間の理解を超えた暗闇の中を、信仰に導かれて、神に向かって進みます。「苦しみ」や神への渇きも同じです。信仰抜きの理性にとっては答えのない暗闇の中を、信仰に導かれて神に進むのです。
暗闇の中におられる神様を、私たちは究極的には説明したり、言葉で十分に言い表したりすることはできません。私たちはただ信仰によって主を礼拝し、祈るのです。
時に祈りは、暗闇の中を進んでいるように感じ、空を打つような手ごたえのない祈りの時もあるかもしれません。その時、聖書の御言葉に教えられて、信仰に導かれて、神様に近づいてまいりましょう。聖書が教える神様の視点・神様の「ものの見方」を身に着けることが、暗闇の中を導く信仰の導きです。
私たちも、聖書を通して神様の見方に慣れ親しんで、「黒雲の中に住む」神様と共に歩むことを学ばせて頂きましょう。

モーセは語り、神は、かみなりをもって、彼に答えられた。出エジプト19:16-19
2.彼らの祈りを聞いてください
ソロモンの祈りを読むと、一つの願いが何度も繰り返されています。
2歴代6:21 「どうぞ、しもべと、あなたの民イスラエルがこの所に向かって祈る時に、その願いをお聞きください。」
ソロモンは、王権が確立し、神殿が完成し、その栄誉と繁栄の頂点にあって、おごることなく、自分に頼らず、神様に祈り、神様に頼りました。ソロモンは、後の時代に起こる様々な困難を思い描きながら祈っています。後の時代の人たちのために祈るだけでなく、「彼らの祈りを聞いてください」と、彼ら自身が祈ることを期待しています。つまり、私たち自身が祈り、神に立ち返り、主と共に歩むようになることを願っています。
【歴代誌の物語】
歴代誌に記されている物語は、単なる「ソロモンの時代の物語」ではないと思います。そこには、はるか後に、ダビデ王国の滅亡・神殿の崩壊・バビロン捕囚を経験した歴代誌の執筆者の思いとメッセージが込められています。聖書によれば、人々は戦争や干ばつや飢饉や疫病、イナゴの害や地震に見舞われ、アッシリア帝国やバビロン帝国に滅ぼされ、多くの人が捕虜として連れて行かれます。ここに記されたことは、まさにイスラエルの人たちが経験したことでした。
イスラエルの人たちは、このソロモンの祈りの記事を繰り返し読み、祈り、心を動かされ、涙を流して祈ったでしょう。
【適用】 私たちもこの箇所を読む時、ここに自分たちの置かれた状況を重ね、思いを重ねて、ソロモンと共に祈りに導かれます。
6:19-21
ソロモンの祈りは、罪の犯した場合のことがたくさん述べられています。でも19-21節では、罪の赦しに限定せずに、願いを聞いてくださるように祈っています。
6:22-23
6:22-23では、誰かに罪を犯して呪いの誓いを立てされられた時。いわば、自分の潔白が疑われて、世間から白い目で見られている時です。そんな時に、私たちの生き方を知っている主が、それぞれの生き方にふさわしく報いてくださるように祈っています。▼私たちも誤解をされたり、あらぬ誹謗中傷を受けることは、よくあることですが、そんな時に神様が私たちを知っておられて、正しくさばいてくださるということは、慰めであり、励ましではないでしょうか。
6:24-27
6:24-27では、罪のために敵に打ち負かされた時、また、罪によって天からの雨が降らなくなった時のことを述べています。聖書には罪のために敵に負け、物質的にも霊的にも祝福を失った例がたくさん記されています。私たちも、自分の罪のために、神様からの霊的な祝福を失ったことに気付くという経験が、多かれ少なかれあるのではないかと思います。そんな時に、それに気づいたならば、主に祈って立ち返るようにと、主の憐れみを求めています。
6:28-31
6:28-31では、様々な災い――飢饉、疫病、作物の病気、いなご、敵の攻撃や、あらゆる災いや病気――について祈ります。この箇所には、「罪」が原因だとは特定されていません。
2歴代6:29 もし、ひとりか、あるいはあなたの民イスラエルが皆おのおのその心の悩みを知って、この宮に向かい、手を伸べるならば、どんな祈、どんな願いでも、30あなたはそのすみかである天から聞いてゆるし、おのおのの人に、その心を知っておられるゆえ、そのすべての道にしたがって報いてください。…31あなたがわれわれの先祖たちに賜わった地に、彼らの生きながらえる日の間、常にあなたを恐れさせ、あなたの道に歩ませてください。
①どんな祈りでも聞いてくださいます。②そして、罪があるならば赦し、その生き方に従って報いてくださいます。それは、ただ彼らが罰を受けるためではありません。③彼らが主に立ち返り、主を恐れて、主の正しい道を歩むようになるためです。
6:32-33
6:32-33では、イスラエル人ではない異邦人のために祈られています。
2歴代6:32-33 32またあなたの民イスラエルの者でなく、他国人で、あなたの大いなる名と、強い手と、伸べた腕のために遠い国から来て、この宮に向かって祈るならば、33あなたは、あなたのすみかである天から聞き、すべて他国人があなたに呼び求めるようにしてください。そうすれば地のすべての民はあなたの民イスラエルのように、あなたの名を知り、あなたを恐れ、またわたしが建てたこの宮が、あなたの名によって呼ばれることを知るにいたるでしょう。
主が答えてくださるのは、地上の全ての民が主を知り、主を礼拝するようになるためです。主は、そのために=主が神であることが知られるために、祈りに答えてくださいます。
6:36-39
6:36-39では、捕囚の民のために祈りがささげられます。
2歴代6:36-39 36彼らがあなたに対して罪を犯すことがあって、…あなたが彼らを怒って、敵にわたし、敵が彼らを捕虜として…引いて行くとき、37もし、彼らが捕われて行った地で、みずから省みて悔い、その捕われの地であなたに願い、…38その捕われの地で心をつくし、精神をつくしてあなたに立ち返り、…わたしがあなたの名のために建てたこの宮に向かって祈るならば、39…あなたの民をおゆるしください。
捕囚では、祖国を失い、王を失い、神殿を失いました。目に見える拠り所は何も残っていない状況です。捕虜として連れ去るのは、彼らの力を奪い、利用し、団結して反乱を起こすのを防ぐためでした。そんな状況で、自分たちが神の民であるという確信さえ、揺らぐような状況でした。しかし、そんな時代でも、ソロモンの祈りに促され、励まされ、主に立ち返り、アイデンティティを保った人々がいました。
あらゆる状況が困難な時にも、主に「心をつくし、精神をつくしてあなたに立ち返り」、主に向かって祈る心を与えられました。そのような状況では、主が聞いてくださるという確信を持つことが難しいこともあったでしょう。それでも、彼らは祈らずにはいられず、主に立ち返り、主の憐れみを求めました。ソロモンの祈りは、そのように祈りの道が閉ざされていないことを、後の時代の民に教えてくれます。

3.天に据えられたあなたの御座――神の支配
私たちが、この祈りを読み、祈っていると、一つの変わらない響きがあります。
ソロモンの祈りの土台になっているのは、「ダビデとの契約」であり、ダビデの「王座」です。(6:9-11, 16-17)しかし、ソロモンが祈った後の世代には、戦争と破壊と捕囚があり、目に見える物は、王も、神殿も、契約の箱も、すべてが奪い去られました。しかし、その時にも変わらずに残っているものが、ソロモンの祈りにはありました。
新改訳2017の訳では、ソロモンの祈りの3カ所に、「御座が据えられた場所である天から聞いて…ください」とあります。(2歴代6:30, 33, 39)
2歴代6:30 あなたご自身が、御座が据えられた場所である天から聞いて、赦し、一人ひとりに、そのすべての生き方にしたがって報いてください。(新改訳2017)
ヘブライ語では「王座」というより「住まい」という言葉は使われてはいませんが、このソロモンの祈りの全体を貫いているのは、「天におられる主の支配」です。ダビデの王座を堅く立てたのは、主が約束を真実に守られたからでした。ソロモンは、天を支配する主を礼拝しました。後の時代に、王国も神殿も契約の箱も破壊された時も変わらなかったのは主の支配でした。人間の力をはるかに越えた自然の災害――干ばつや飢饉、疫病やあらゆる災い――が襲う時に、そこから救い出してくださるのは、「天の御座」で支配しておられる主です。捕囚の地で、全世界を支配する圧倒的なバビロン帝国から解放して、故郷へと帰らせてくださるのは、「天に住んでおられる主」です。▼この神の支配・王国というテーマは、新約聖書では主イエスがもたらす神の国としてふかめられます。私たちはその神の国を信じ、主の祈りで「御国を来たらせたまえ」と祈ります。
神の物語に生きる
信仰とは、ある意味で、このような神の物語の中に生きることです。私たちが持っている常識:神様は祈りに答えてくださらないという不満や恐れ。自分は人や神様から愛されていないのではないかという不安。自分には能力がない/自分の能力を示さなければ、人から認められないという恐れや不安。人からの冷たい言葉や拒絶の態度。そのような、「この世が指し示す脚本」に従って生きるのではなく、「神様が描いておられる脚本」に従って、神様の物語を生きることです。
その「神の物語」の象徴としてソロモンが描いたのが、「天に据えられた神様の王座」です。その壮大な脚本が、新約聖書が教える「神の国」です。私たちは、神の国の物語を生きるのです。
私たちは、この世にあって、この世の声を聞きながら過ごすうちに、何度も何度も神様の視点を忘れてしまいます。ソロモンの祈りに出て来るイスラエル人たちが、主に立ち返って祈ったように、目の前の大きな困難を越えて、主が天で支配しておられて、祈りを聞いてくださることを信じなければなりません。はじめはそれは難しいでしょう。だから、私たちは毎日聖書を読み、毎日祈り、繰り返し神様の教えを心に刻み、神様の物語を心に刻み付けるのです。そうしているうちに、この世のストーリーのもとでは見えなかった事柄が、神様のストーリーのもとで、分かるようになっていきます。それは単に頭で理解するだけではありません。共に神に祈り、礼拝し、神に期待し、信頼する中で、そこに生きるようになります。

4.主に立ち返る――祈りは生き方を変える
そのような祈りは、私たちの生き方を変えます。
主に立ち返り、主に祈り求める時、31節では、彼らが「常にあなたを恐れさせ、あなたの道に歩ませてください」。33節では、主を知らない民が「あなたの名を知り、あなたを恐れ、またわたしが建てたこの宮が、あなたの名によって呼ばれることを知るにいたる」ように。
ただ赦されて終わりではなく、生き方が変わり、命の道を歩み、主と共に生きる幸いを得る者となることです。この世の評価や不安に支配されていた私たちが、天の御座におられる主を信頼するようになります。自分の正しさを証明することに心を奪われるよりも、主に委ねながら、愛をもって互いに重荷を負い、互いの徳を高めることを求めるようになります。自分が愛されないことや、自分の能力や価値が評価されないことを恐れることなく、失敗も認めて、赦しを求め、他の人のために祈ることができるようになります。そうして、主の道を歩むようになる。
2歴代6:40 わが神よ、どうぞ、この所でささげる祈にあなたの目を開き、あなたの耳を傾けてください。
41 主なる神よ、今あなたと、あなたの力の箱が
立って、あなたの安息所におはいりください。
ダビデとソロモンの時代にそうであったように、捕囚から帰還した歴代誌の時代にそうであったように、主よ、今この時代にも働いてください。この私にもなしてください。と祈り求めるのです。
私たちも、目の前のなすべきことや悩み事で心がいっぱいになることがあります。しかし、聖書を読み、天で支配しておられる神の物語に心を動かされ、主と共に生きる人々と共に、心を尽くして主に立ち返る時に、私たちはもう一度、主に向かって祈り始めることができます。
2歴代誌6:21 どうぞ、しもべと、あなたの民イスラエルがこの所に向かって祈る時に、その願いをお聞きください。あなたのすみかである天から聞き、聞いておゆるしください。
[①] 2歴代誌6:1-2には、出エジプトを暗示する「濃き雲の中に住む」という言葉と、神殿を表す「御住まい」「家」という言葉が用いられ、出エジプトの約束の完成として神殿が建設された、約束の成就を表している。2つの時代を表す言葉が結び合わされ、時代の転換点となっている。
[②] 出エジプト記25:8、出エジプト記29:45–46、レビ記26:11–12


